「1枚のCDが漁船に」無事完結

有限会社イノセントミュージック


イノセントミュージック(本社=東京都渋谷区)に所属するアーティストで、女性ヴォーカルバンド「ナナカラット」のヴォーカルギターAsamiが、「被災地に漁船を届けたい!」と、その一心でニコニコ生放送内にて立ち上げた「漁船お届けプロジェクト」。ニコニコ生放送内でCD一枚からスタートし、物々交換を経て、漁船まで到達し、無事漁船を届けて完結した。






多くの人が参加してCDを漁船につなげた事実は大きな成果。

漁船お届けプロジェクトを立ち上げた番組名は、ニコニコ生放送内、コミュニティ名「アサミント★チョコミント」の、ニコニコ生放送番組(コミュニティURL=http://com.nicovideo.jp/community/co1466847)で、毎日、24:00~26:00に放送されている。

また、このプロジェクトの模様は、6月27日、日本テレビ「スッキリ!!」(8:00-10:25)内にて放送される。

◎被災地に漁船お届けプロジェクト企画経緯

きっかけは女性ヴォーカルバンド「ナナカラット」のヴォーカル「Asami」が、自身で今年1月1日から毎日配信している「ニコニコ生放送」の番組で、震災から1年経とうとしていた今年の2月末に、自身が立てた企画「被災地に漁船お届けプロジェクト」だった。

漁船を届けようという企画自体は、震災から1年経とうとしている今だからこそ自分でも何かできないかと思い、実際被災地に何が足りないかを調べてみたところ「漁船が足りない」という事を知った事から始まった。

「あまり、重い企画にするのではなく、皆が参加しやすく、親近感のある企画こそ結果的に沢山の人達に想いが届き、実現するのではないか?」という主旨で考えついたアイデアは、「自身のCDから物々交換で漁船まで辿りつき、被災地にプレゼントをしよう」という企画だった。

これなら一人一人は負担も少なく、もしかしたら漁船まで辿りつくかもしれない。その日からヴォーカル「Asami」は、自身の番組の中で、ナナカラットのシングルCD「夢のカケラ」を最初の品として、物々交換をスタートさせた。

しかし、その道のりは簡単ではなく、10日間近く反応が出ないまま、視聴者と共に悩んでいた所、PC(8万円相当)と交換をしてくれる人が現れた。

その後も番組で呼びかける一方、メンバーは友人、知人にもあたり尽くし、遂に、愛知県在住の、ギターTetsuyaの知人の方が、1カラットダイヤモンドネックレス(20万円相当)と交換をしてくれた。

更に、メンバー全員で本企画のプロジェクトを推進。その結果、遂に伊豆大島在住の方が「漁船」との交換を承諾してくれた。これで、この企画も成就したかに思えたが、そこは素人の考えだった事を思い知らされる。まず、漁船の提供者が見つかっても、その漁業の方法や受け渡し方法など様々な複雑な事情から、受け入れ先を探すのに難航。ここで、新聞や、テレビ等メディアが協力。必死の呼びかけに、遂に、受け入れ先が「岩手県大槌町在住」の方に決まった。

しかし、今度は、提供いただいた小型漁船を岩手県大槌町まで運ぶという、相当危険な航路を運転する回航士が必要な事。小型漁船ゆえに、原発問題を抱える福島沖を大きく迂回し、700キロ近くに渡る連続航路に船が耐えられるか?。回航費用(燃料や、回航士の宿泊費用)など40万以上をどうやって捻出するか?。新たな壁に突き当たった。

しかし、メンバーは必至に回航士と交渉を続け、遂に、横浜在住の回航士の方が受諾。また、回航費用については、当初メンバーが負担しようと決めていましたが、まわりの意見もあり、6月17日に横浜伊勢佐木町「クロスストリート」で回航費用を集めるチャリティーライブを開催。その他、自身で専用口座を開設し「漁船お届けプロジェクト」回航費用チャリティー募金も行い金額が集まった。

また、この企画の完遂を成し遂げる為に、責任を持って全員が船に乗って最後までお届けするというメンバーに、回航に詳しい関係者は「無茶言うな!ましてや女性等が耐えられるものではない」と猛反対。しかし、結局、まわりの反対を押し切る形で、メンバー全員で船に乗り込むことに。

6月20日
大島を出発する予定日、台風により大荒れ。全ての船、飛行機が欠航となり、出発延期。初日から困難を予感。

6月21日=8時50分
竹芝桟橋から伊豆大島行きジェット船にて伊豆大島入り。海は荒れていたが、プロジェクトの早期達成の為、無理をしてスタートする。

6月21日=12時頃
漁船を譲って頂いた伊豆大島の高間さんから船を引き取り、回航士の北林さんの運転で、伊豆大島出航。時速8ノット(約15km)で、目指すは岩手県大槌町吉里吉里港。漁船お届けを開始。
伊豆大島から北上するが、台風の影響で海は大荒れ。初めて乗船する漁船で、船酔いと振り落とされたら終わりという状況に、メンバー全員何度も何度も「死」を覚悟。それが海というものだと回航士の方には嗜められたとの事。17時頃に勝浦港へ着港。

6月22日=4時30分
勝浦港を出港。北上したが、前日より更に海は大荒れ。4m近い波と20m近い強風で、船体が大きく上下する船上、メンバーは振り落とされる危険を避ける為に、歩く事もできず、必至に船体にしがみつき、寒さと疲労から何度も、眠りそうになりながら互いに励まし合うという状況の中、更に荒れ始める海の状況から、このまま進む事は危険と判断し、遂にこの日の継続航行を断念。8時過ぎ、九十九里の片貝港へ着港。

6月23日=4時
片貝港を出港。この日は、非常に天気も良く、波も風も少なく、海は「凪」。順調に北上。途中海の神様と言われるウミガメに遭遇。漁船の無事を祈りつつ、16時20分に小名浜港着港。予想外に、駆けつけたファンに勇気づけられる。

6月24日=4時
小名浜港を出港しようとした時、またもやファンの方が応援に駆けつけてくれる。見守られながら小名浜港出港。この日も非常に天気も良く、波も風も少なく、海は「凪」。キレイな朝日の中、北上。福島原子力発電所の進入禁止区域を避けて通る為、この日の航行はもっとも沖を航行する。沖に出ると、万が一事故やトラブルがあった時には連絡手段が非常に乏しい為リスクを伴う。最短距離を航行する事を選択し、穏やかな海を順調に航行。

途中海猫の群れに遭遇、19時前に気仙沼港へ到着するが、震災の影響で停泊出来る場所がわからず彷徨う。日没を迎えると一気に暗くなり、航行が難しくなる為、時間との勝負。
やっとの思いで停泊できる場所を見つけ、気仙沼港着港。
未だがれきが山積みされている状況を目の当たりにし、震災から1年以上経った今だからこそ、がれきの山を見れた事に大きな意味があると実感した。

6月25日=4時
気仙沼港出港。この日は風も強く、波も高く大荒れ。全日程の中でもっとも過酷な状況の下、少しでも早く届けたいという思いで、吉里吉里港に向け出港。再び激しい揺れに船にしがみつきながらも途中イルカと遭遇し、まさに、天国と地獄。

沢山の町民の方に出迎えて頂く中、12時過ぎに大槌町吉里吉里港へ着港。吉里吉里港の87歳の漁師、山崎さんへ漁船をお渡しする儀式や、船には大漁旗も掲げ、安全祈願の餅まき等が行われた。

山崎さんは、船が震災の津波で流されて以降、漁も出来なかったが、今回漁船を手に入れたので、これからいい魚のシーズンなので、どんどん漁に行きたいと喜んだ。

こうして、6月25日15時過ぎに吉里吉里港を後にし、22時半にメンバーは無事東京に帰着した。

「あまりの疲労に皆の手は通常でも震えてしまっている状態が続いた。感動は収まらず、沢山の本当に沢山の方々の支えがあったからこそ達成できました。本当にありがとうございました」とスタッフは語った。



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