日本一小さな航空事業がテイクオフ

第一航空株式会社 沖縄事業所


日本一小さな航空事業が沖縄県那覇空港を拠点に活動を開始した。路線は、那覇~粟国路線、那覇~沖永良部、那覇~徳之島路線の3路線。運行するのは第一航空株式会社沖縄事業所。
粟国線は琉球エアーコミューターの運航を、また、沖永良部線はエアードルフィンの運航を引き継ぐかたち。そして徳之島線は新規の運航となる。生活路線として新たなコミューター路線が実現した裏に「離島空路維持」を願う1人の男の夢があった。


大空の夢を事業計画に託して

その男の名前は佐和田寿(さわだ・ひさし=37歳)。第一航空株式会社沖縄事業所長。出身は宮古島市の伊良部島。「空を飛びたい」。青春時代はいつもそう思っていた。卒業と共にカリフォルニアのパイロットスクールに留学。学校がヨセミテ国立公園の近郊にあり、素晴らしい自然の光景を空からながめながらの授業だったと言う。ここで苦学しながら小型機の操縦資格をとる。

そして帰国。コミューター航空会社の立ち上げなどの業務をしているときに、沖縄の経済界を中心にして航空新規企業の動きがあり、その可能性を調査する「サザンクロス株式会社」が設立された。ここで働けないかとノミネートし採用が決定した。その後、レキオス航空株式会社に改組されたが事業構築は出来ずに「新しい沖縄の翼」は頓挫した。

さらに、新しいコミューター航空会社の「株式会社エアードルフィン」で業務をするようになるが、親会社のサイバーファームが自己破産を申請したことで業務を停止せざるを得なくなった。そうした経緯の中でも「離島間への空の夢」は忘れることがなかったという。「そればかりか、ますま心の中で大きく育っていきました」と。そして「それなら離島間の航空事業に理解があるオーナーを自分で捜そう」と思うようになった。

第一航空株式会社(大阪府八尾市空港2丁目12番地・八尾空港内、072-991-2961=西川昌伸社長)。1966年(昭和41年)に設立された航空会社で、遊覧飛行、測量飛行、撮影飛行、報道飛行などで実績を積み上げてきた。ここに一冊の事業計画書が届いた。佐和田さんが作成した40ページにおよぶ、沖縄県の離島航空運航事業の可能性を明記した内容だった。この会社の決断は早かった。佐和田さんに連絡があり、西川社長と面談。「離島航空事業の夢を話しました。やらせてください」と、語ったという。しばらくして回答があった。それは、「離島航路の維持のために、沖縄出身の人たちの手で、事業を行ってください」との内容だった。「やった!と、思う前に感動がありました」と佐和田さん。直ちに事業計画の細目の検討をすると同時に、事業立ち上げに向けて具体的な動きを開始した。


▲「夢が原動力になりました」と佐和田さん


▲パンフレットも手作りで味わいがある

迫力ある空港の光景にも感動

他社が運航して赤字だった路線で生きていく。そのためには既成概念を脱却した経営が必要となる。一方で離島にとって航空路は「生活」に直結する路線であり、時には航路の維持が「命」を救うこともある。この意味で賢い経営を実施して行くことが絶対的に必要となる。

◎路線の確保について。
路線は、琉球エアーコミューターが運休を予定していた、那覇~粟国線を、また、エフ-ドルフィンが不定期としていた、那覇~沖永良部島線、この2路線を引き継ぐこととし定期便化した。併せて那覇~徳之島線を新設した。
◎機材について。
琉球エアーコミューターから購入する形で2機体制としている。2機目は7月末の予定。
◎コストコントロールについて。
安全に関する以外の全てのコストを見直し、徹底的なローコストオペレーションを実施する。チケットまでも廃止する徹底ぶり。それが経営の安定化を導き出し、安全の確保が維持できる。「継続的な安全運行のため」と、言う。
◎オフィスについて。
オフィスは、運行とサービスの拠点となる。ありがたいことにエアードルフィンのオフィスが使用していたところを半分の面積で賃貸できるようになった。

こうしてテイクオフした第一航空沖縄事業。実はもうひとつの側面から話題を集めている。沖縄県那覇空港。小型機のエプロンは国内線や国際線ターミナルと異なり、海側の「WEST APRON」内の「RIGHT AIRCRAFT APRON」にある。ここまで行くには、滑走路を通り越して海側に移動しなければならない。普通では考えられない通路を通って到着する。この迫力がすごい。まさにエアポート。各種の飛行機のそばを通り、西側の滑走路入り口(18アプローチ)の脇を通って到着。空港ファンのみならず多くの利用者にとって迫力ある空港の一場面を目視できることになる。(移動用のバスの中からご覧頂く範囲です)

佐和田さんは「通常の飛行機と異なり、高度が低いため、海の美しさが格別です。グループで、カップルで、お1人でも感動の時間を過ごして頂けます」と、語る。離島間空路の維持を事業のベースに置きながらチャーター便、遊覧飛行、オリジナルツアーの開発など事業範囲は広がっている。「感動的な観光ロケーションとストーリー」が無いと、これからの観光集客は難しいと言われている。その中で期待できるスキームがあるのを感じることが出来た。

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